【ネタバレあり】ラスアス2のストーリーの評価に賛否両論!色んなユーザーの声を聴いてみた結果

ラスアス2

ラスアス2のストーリーが賛否両論?

神ゲー肯定派

ストーリーで賛否両論のようですが、ゲームとしてはやはり最先端のAAAゲームなのでゲーマーならやる価値はあります。
自分はラスアスで1番好きな要素が緑の生い茂った廃墟やポストアポカリプス的都市を探索する楽しみだったのですが、そこが前作からかなりパワーアップしていて良いです。

ラスアス2_廃墟_映像
オープンワールドではないのですが、1のような完全にリニアな一本道でもなく、セクション事に分かれた箱庭がいくつも連なっているような作りで、次のセクションへ向かうルートも一つではなかったりします。
ただセクション毎の移動はほぼ一方通行で、高い場所から低い場所へ飛び降りたりして前の箱庭に戻ることは出来なくなるので、何かとり逃したものがあるのではないか?と不安になりウロウロ迷走プレイに走ってしまいがちという難点もあります。
探索は程々に、取り逃がしなどはあまり気にせずプレイする方が精神衛生上良く自由に探索してる感覚を楽しめるかと思います。アクションパートについては、出来るアクションがかなり増えていてジャンプや匍匐が出来る様になっています。
銃撃戦のプレイ感は前作に近い感じなのですが、自ら資源を集めて行う武器のカスタムがかなり面白くなっています。

また、聞き耳を立てて敵の場所を感知したり、匍匐で草むらの中を這いずりそのままトラックの下に入り息を潜めたり、ステルス関連のアクションや隠れられるオブジェの多様さは現状最強のステルスゲームといっても過言でもないと思います。
またキャラクターのモーションや環境に応じたリアクションが類を見ないレベルで細かく作り分けられていて、エリーが敵の攻撃を咄嗟に回避する緊急回避のアクションだけでも屈んだり後ろに仰け反ったりとかなりのパターンが用意されていて関心します。
話題になっていた暴力、殺人描写について書かせて貰うと、これまで、ゲームの中の暴力や殺人描写というのはプレイヤーの競争心や恐怖感、スリルを煽ったり優越感を与えるためのものであったと思うのですが、
ラストオブアス2においての暴力の描き方はそれらとは一線を画していて、爽快感や達成感とは別に、生理的な嫌悪感や罪悪感と言った感情が沸く作りになっています。

ラスアス2_描写
人の死に方がリアルで残酷で、敵を倒すと同胞の死に直面した敵の仲間が動揺したり嘆き悲しむような反応まで用意されている場面もあり、達成感よりも「また1人を死なせてしまった」と少し罪悪感を感じる程です。
これは開発陣がそういった極端にリアルな、スナッフフィルムじみた残酷な殺人描写を娯楽として好む悪趣味な連中であるためというよりかは、ゲームの中での暴力を究極にリアルに描く事で、それらに対して何かを感じさせ、暴力や道徳的な善悪のような事柄について考えさせようとしているようです。
その試みを肯定的に捉えられるか、単に不愉快に感じてしまうかでもこのゲームに対する評価は変わるのではないかと思いました。
そもそも根源的に、爽快感や達成感を得たいからゲームをするのであって、嫌な気分になるならゲームをやる意味がないじゃない、と感じる人もいると思うし、自分もプレイ中そう思うこともありました。
ただ現実世界がこれだけ差別や無意味な暴力に満ちた世界である以上、安易にハッピーなゲームは作れないと、現実から逃避するのではなく、現実と向き合わされるゲームなのではないかと思います。

以下、ストーリーについてのレビューです。エリーが今作で旅立つキッカケとなる最序盤の出来事についても書いているので、事前情報を何も入れずにプレイしたい方は読まないようにしてください。
色々言われてるストーリーですが、自分としてはそれなりに納得できるシナリオでした。
ジョエルが殆どプロローグ的な最序盤で召されることについてですが、これはラストオブアスの続編である以上、必然的な流れではないかと思います。
自分は前作のファンなのでもちろん一番感情移入していたのはジョエルで、前作の最後の病院でのジョエルの行動が間違っているとも決して思いませんが、ジョエルが前作のラストでエリーを救ったのはエリーのためではなく、自分の娘(的な存在)を二度も失う事に耐えられなかったからで、言ってしまえばエゴだと思うのです。
1のラストの「私はまだ待ってるの」というセリフからも、エリーは自分の免疫に人生の大義を求めていて、例えワクチンの精製に自らの命を捧げる必要があると知ったとしても抗体の摘出を望んだであろうということは容易に想像できますし、
エリーの命を救うためとはいえ、エリーと気心の知れていたマーリーンや、エリーを連れていくために犠牲になったテスや病院にいたファイアフライの医療班等、色々な人の思いや希望をジョエルが愛が故のエゴで踏みにじってしまったのも事実でした。
逆に、ジョエルとエリーがジャクソンで幸せに暮らして終わるというのも、それはそれでなにか違うというか、どんな形であれジョエルが前作での行いにケジメをつけたり何らかのしっぺ返しがあるのも作品として必然的な流れであったのだと思います。
死ぬにしてもRDR2のアーサーのように、もう少しドラマチックにかっこよく逝ってほしかったなぁという気持ちも最初はありましたが、プレイしているうちに因縁めいた物が原因の突然で無常な死であることに意義があったのだなと段々思うようになりました。
エリーは旅の道中の随所であの時ジョエルとこう接していれば・・・と後悔をするような描写があるのですが、それはその日の晩にも一緒に映画を見る約束をしていたジョエルが唐突に殺されたからこそ抱く感情で、その心情をリアルに描くことに大きな価値があるのだと思いました。
現実でも、人の死というのは大抵の場合は唐突でドラマチックでもないですし、突然で無常だからこそ取り返しのつかない思いをして、あの時こうしていれば・・・もっと優しい言葉をかけていれば・・・等と後悔する物なのだとおもいます。
ジョエルの描き方も、死に方こそ残酷でしたが、死後ジャクソンのジョエルの家に行くと沢山の花束がおかれていて、町のみんなから頼りにされていたのがわかったり、エリーの回想シーンではジョエルの優しくてカッコいい所が沢山見れるので、決して悪く描かれているとは感じませんでした。
娘を失って一度は人の心を失い、略奪団としてトミーと色々ヤバい事をしていた過去もあるジョエルでしたが、エリーと出会うことで救われ、また他者に優しくできる暖かい人になれていたのだなということがわかります。
お互いに誰よりも大切に思っているものの、決して許せない事もある拗れた親子関係のようなものが、ジョエルの突然の死によって無常にも壊れてしまい、その喪失感や後悔にどう折り合いをつけ生きていくのか?というのが一番の核となるテーマだったのだと解釈すればエリーの前作とは別人のような粗暴さやラストの展開にも納得しやすいと思います。

またメタ的な話をすると、ジョエルの死はエリーが旅立つキッカケにもなっていて、ジョエルが何故殺されたのか、アビー達はどういった連中なのかを旅を通して紐解いていくミステリ的要素をストーリーに与えています。
実は、2019年の9月にノーティドッグが公開したトレイラー映像では、本編でジェシーがエリーの口を塞いで「俺だよ」と現れるシーンで登場する人物はジェシーではなくジョエルで、「お前ひとりで行かせるはずないだろ」と粋なセリフをジョエルが言います。
今作のプロットはエリーの復讐がテーマだという事は当初から発表されていたので、おそらく去年の9月から発売までの数か月の間に脚本の変更があり、本来であればエリーが復讐の旅に出るキッカケはジョエルではなく親しい誰か(ディーナ等)の死やジャクソンでの平和な暮らしを悪意によって破壊されるような出来事で、ジョエルは先走ろうとするエリーの復讐に同行するというシナリオだったのではないかと推測できます。
そちらのほうが前作ファンには喜ばれるシナリオだったのでは?とも思うのですが、やはりポッと出の新キャラが殺されるよりも、前作ファンにとって最も馴染み深いキャラクターであるジョエルが初めに殺される方がインパクトが大きく、復讐心に燃えるエリーにも感情移入しやすいという理由から急遽プロットを変更したのでしょう。
前作の主人公であるジョエルが序盤で突然死ぬことで、いつだれが死ぬか分からないという緊張感を作品全体に与える事も脚本的な狙いだったのではないかと思います。
これは二時間で見終わる映画ではなく、クリアまで20時間以上遊ぶゲームなので、ストーリーとしてはこの先どうなっちゃうんだろう?と思わせる事がやはり一番重要で、そのために色々試行錯誤して出来上がったシナリオなのだと思います。
今回の作品はエリーがかっこいいですし、人が死ぬことの無常さを限りなくリアルに描くというテーマにも価値があったと思うので、自分は言われてるほど悪い脚本だとは思いませんでしたし、最後までエリーの旅を見届けることが出来てよかったです。ラスアス2レビュー

クソゲー否定派

まとめ ユーザーはストーリーの重厚さに潰された

尚、開発陣の手のひらの上で踊らされていた模様

傑作サバイバルアクションの決定版『The Last of Us』の続編『The Last of Us Part II』は、野心的な作品に仕上がっているようだ。米Wiredのインタビューにて、クリエイティブ・ディレクターのニール・ドラックマンと共同脚本家のハレー・グロスは、“嫌われても構わない”と豪語している。一体、どういうことなのだろうか……。

『The Last of Us Part II』は、謎のウィルスによって荒廃したアメリカで、主人公ジョエルと少女エリーの危険な旅路が描かれた前作から5年後が舞台。エリーはジョエルと共に、ワイオミング州ジャクソンで平穏な日々を過ごしている。ところが、悲惨な出来事に襲われたエリーは復讐を果たすため、シアトルへと旅立っていく。

グロスは「ジョエルとエリーは、非常に物騒なことをこれまで何度もやってきた複雑なキャラクターなんですよ」と語っている。前作では、ジョエルがエリーを守るため、容赦なく周囲の人間を皆殺しにするなど、守られてばかりだったエリーもジョエルの危機を救うべく、手段を選ばず戦いに挑む姿が描かれた。「正義は、価値観次第ですよ」とドラックマンは言う。

そんなキャラクターを通して、続編ではプレイヤーの倫理観が問われるのだとドラックマンは説明している。エリーは心と身体を揺さぶる凄惨な出来事の連鎖の中、人生を狂わせた者たちに裁きを下すため、標的を一人ずつ追い詰めていく。「嫌悪感、罪悪感、屈辱感」など様々な感情がエリーの中を交錯するにつれて、怒りの矛先は無関係の人にまで及んでしまうのだ。誰彼構わず容赦なく殺していくエリーを操作することで、プレイヤーは「自分自身が卑劣な存在であるかのように感じることになる」という。ドラックマンは「感情移入して、彼らの行動を理解して欲しい」と呼びかけている。

加えて、グロスは「(前作では)エリーを遠い存在として認識していたプレイヤーも、彼女を身近な存在として感じることが出来るでしょう」とも語った。前作では心優しかったエリーだが、続編では復讐心から無慈悲な存在へと転化してしまう姿も描かれる。この感情を“怒り”と捉えるべきなのか、それとも“愛”と考えるべきなのかは不明だが、少なくとも誰にでも芽生える感情の一つと言えるのではないだろうか。また、今回は同性愛者としてのエリーの葛藤にまで踏み込んでおり、前作よりも多様性に満ち溢れたキャラクターに仕上がっているのもポイントだ。「エリーとして生きて、彼女の葛藤と夢に共感してください」。

本作のテストプレイを実施した時、どうやらドラックマンは手応えを感じたようだ。「このゲームが嫌われても構わない」『The Last of Us Part II』制作陣、野心的な企み語る

ラスアス2クリア後レビュー

ラスアス2ストーリー全ネタバレ

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