ABC予想ついに定理へ 京大の望月教授が「ABC予想」を証明する

ABC予想_望月教授_フェルマーの最終定理

 

歴史的な快挙、よく分からないけどおめでたい!

フェルマーの最終定理の証明の歴史

<1670年>

全ての元凶 フェルマーの死後、彼の息子が遺品整理の際にフェルマーの注釈(最終定理48個中2番)を含めたディオファントスの「算術」(親父明したって言ってるけどその明が残ってない定理一覧)を出版する。

またこの時、フェルマー自身はn=4の時についての明を書き残していた。

1770年>

レオンハルト・オイラーがn=4を簡略化し、そこに虚数(二乗すると-1になる数)を使いn=3の時の明に成功する。

そして、その解法はそれぞれの倍数についても同様に成り立つ為 「全ての素数が成り立たないことを明する」事でフェルマーの最終定理を明できるとした。

1823-1847年>

ソフィジェルマンが「フェルマー定理が成り立つ時は、x,y,zのいずれかがnで割り切れなければならない」と明(ソフィジェルマンの定理

ペーター・グスタフ・ディリクレとアドリアンマリー・ルジャンドが、ソフィジェルマンの定理を用いてn=5の時の明に成功し、ディリクレは「n=14」の時についても明する。(後にガブリエル・ラメが「n=7」の時の明に成功する)

そして、1847年に、業を煮やした数学界が「フェルマーの最終定理」に懸賞を付ける。

これにガブリエル・ラメとオージュスタン=ルイ・コーシーが競い合って明を完成させようとするが、明方法の致命的な欠陥をエルンスト・クンマーに摘され、断念。

クンマー がその欠陥を直した「ぼくのかんがえたさいきょうのかず」(理想数)を提案するが、同時に「この方法(理想数)を用いてもフェルマーの最終定理は明できない」とも結論付けた。

懸賞はクンマーが受け取った)

1955年

志村五郎が、友人山豊の発想を元に「全ての楕円曲線とモジュラー形式は、ゼータ関数が一致するのではないか」(山・志村予想)と提唱し、ラングランズ哲学の観点から注される。

(ようするに、全然分野の違う二つの数式が似てるけど、もしかしたら繋がってるんじゃないか?という予想)

ラングランズ哲学・・・全ての物には数学的な規則性や必然性があり、実は全部深い所でつながってるんじゃないの?という考え

<1984年>

ゲルハルトフライが「フェルマーの最終定理を変形させると楕円方程式の形になる」

そして「その変形させた楕円方程式山=志村予想を満たさない」と発表

その後、ジャンピエール・セールによって定化される(フライ・セールのイプシロン予想)

<1986年>
ケン・リベットが「フライ・セールのイプシロン予想」を明する

これを整理すると

・谷村志村予想は楕円曲線とモジュラー形式がゼータ関数でラングランズ哲学がフライセールのイプシロン予想で

フェルマーの最終定理のx,y,zに正解があるとすれば、山=志村予想は満たされない(山=志村予想は間違っている)

言い換える(対偶をとる)と、山=志村予想が正しいと明されれば、フェルマーの最終定理のx,y,zを満たす自然数の解は存在しない。

つまり、山・志村予想が正しいと明出来れば、フェルマーの最終定理も明出来るということになる。

<1993年>

6月23日

当時、岩沢理論における楕円曲線ゼータ関数の一部の明に成功し、プリンストン大学教授だったアンドリューワイルズが、ケンブリッジニュートン研究所の講演会で、明に成功したと発表。

世間は大騒ぎになるが、のちの論文の審で欠陥が見つかる。

当初はこの欠陥について、秘密裏に修復しようと沈黙していたが、論文の審結果も論文自体も表されないために、世間が混乱する。

<1994年9月19日>
ワイルズ「もう諦めよう…最後に岩澤理論を見直してみ…………!!!!」
(本人く「夢じゃないかと思うような素晴らしい明」が頭に浮かんだという」)

<1995年>
ワイルズの明に不備がないことが確認され、330年もの歴史に決着がついた。

フェルマーの最終定理 ニコニコ大百科

 

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